国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その7

第7章 暇と退屈の倫理学―決断することは人間の証しか?

第5章でハイデッガーの退屈論が検討された。退屈には、①何か
によって退屈させられること②何かに際して退屈する③なんとな
く退屈だという三ッの形があった。そしてハイデッガーは、人間
が退屈するのは、人間が自由を持っているからであり、その自由
を実現するために、“決断"が必要だと述べていた。

第6章で著者は、ユクスキュルの環世界の理論から人間と人間以
外の動物との違いは相対的なものであり、これを絶対的なものと
みたハイデッガーの誤りを指摘した。

さらに本章で著者は、ハイデッガーの“決断"は次のような意味を
もつものとして批判している。即ち、人は、“決断"することによ
って、決断したことの奴隷になってしまうと。従って退屈の第三
形式は、日常の仕事の奴隷になっているがゆえに何かによって退
屈させられる第一形式の退屈とイコールである、どちらもなにか
の奴隷になってしまっている。

従って、ハイデッガーの退屈論に則した著者の退屈論の結論は、
第二形式の退屈を選択することだ。何かに際して退屈すること
たとえば、パーテイなどいろいろな気晴しのなかで時として退
屈を感ずること、この場合には人間に安定と余裕がある。著者は
“気晴し"と退屈が絡み合った生活こそが人間らしい生活だという。

著者は、さらに、退屈の三ッの形式の関係について次のように
述べている。「人間は普段、第二形式がもたらす安定と均整の
なかに生きている。しかし、何かが原因で“なんとなく退屈だ"
の声が途方もなく大きく感じられるときがある。自分は何かに
飛び込むべきなのではないかと苦しくなることがある。そのとき
に、人間は第三形式=第一形式に逃げ込む。自分の心や体、ある
いは周囲の状況に対して故意に無関心となり、ただひたすら仕
事・ミッションの奴隷になることで安寧を得る。」(P305)

この章でも著者の観点は多角的に広がる。まず一つ目の観点とし
て、人間と動物の区別の問題をまったく別の視点から考えるため
に、アレクサンドル・コジェ-ヴの「歴史の終わり」をとりあげ
ている。(その具体的な内容はここでは省略するが。)

更に、人間が生きていくうえで必要な「習慣」や人間にとって
の「考えること」、「快・不快の原理」などがこの章で取り上げ
られているが、ここでは著者の「習慣」についての考え方に絞っ
て紹介してみたい。

「人間の環世界のなかで大きなウエイトを占めているのが、“習
慣"と呼ばれるルールである。習慣というと、毎日の繰り返し、
ある種の退屈さを思い起こすかもしれない。」「しかし、人間の
環世界が習慣に強い影響を受けるものであり、そしてそれぞれの
環世界は途方もない努力によって獲得されねばならないのだとし
たらどうだろう?習慣に対する見方は―変するはずである。習慣
とは困難な過程を経て創造され、獲得されるものだ。習慣はダイ
ナミックなものである。」(P323)

「環世界論の考え方から言えば、習慣を創造するとは、周囲の
環境を一定のシグナルの体系に変換することを意味する。」「な
ぜこのような変換が行われるのだろうか?新しいものに出会うこと
は大変なエネルギーを必要とするからである。毎日、目に入って
くるすべてのものに反応しているととても疲れてしまう。習慣は
その煩雑な手続から人間を解放してくれる。」(P323~324)

上記のように習慣は人間にとって生きていくうえでどうしても必
要なものであるが、またそれは同時に退屈をもたらす。だから人
間はどうあっても、気晴しと退屈のまじりあつた生を生きざるを
得ない。

「人間が環境をシグナルの体系へと変換して環世界を形成する
こと、つまり、様々なものを見たり聞いたりせずに生きるように
なることは当然である。大切なのは、退屈の第三形式=第一形式
の構造に陥らぬようにすること、つまり奴隷にならないことであ
る。」(P324)

著者は、この章の最後で、人間が退屈と向きあって生きていく
ための手段の開発と発展の可能性の他に人間にはもう一ツの可
能性があるという。「それは、つらい人間的生からはずれてしま
う可能性である。」

この第二の可能性についての著者の表現は分りにくい。著者の
表現は大旨次のようなものだ。「第二形式の世界に生きる人間
が何らかのきっかけで己の環世界を破壊されて、そこから思考
し始め、その思考の対象の世界にひたること(「動物」になるこ
と)の出来る可能性」。

上記の著者の表現を言い換えれば、<人間は、環世界間の異動
能力は高いが、それが故に退屈もする。一方、人間以外の動物
は人間より一つの環世界にひたる能力にすぐれている。このよ
うな観点から、人は、気晴しと退屈とが絡み合った世界から、
別な環世界を創造し、その環世界にひたることの能力を獲得す
る可能性を持つている。〉とでも表現出来るのではないか。

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   藻岩山にはまだ雪が沢山残っているようだ

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