テーマ:国分功一郎

国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む 最終回

〔結論〕 著者は、本書の結論として三つのことを上げているが、一つ目の結論 は、結論と言うよりは、あとの二つの結論の前提となる事柄について 述べられたものなので、実質的な結論としては二つともいえる。 ともあれ著者の述べることに従ってその内容をみてみよう。 一つ目の結論 は、「こうしなければ、ああしなければ、と思い煩う…
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国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その7

第7章 暇と退屈の倫理学―決断することは人間の証しか? 第5章でハイデッガーの退屈論が検討された。退屈には、①何か によって退屈させられること②何かに際して退屈する③なんとな く退屈だという三ッの形があった。そしてハイデッガーは、人間 が退屈するのは、人間が自由を持っているからであり、その自由 を実現するために、“決断"が…
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国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その6

第6章 暇と退屈の人間学―トカゲの世界をのぞくことは可能か? この章では、ユクスキュルという生物学者の「環世界」という理論 を軸にして、人間と動物の共通点と違いが明らかにされ、暇と退屈 の問題に対する新しい視点が提起される。 前章のハイデッガーの退屈論も面白いが、この章のユクスキュルの 環世界の理論とそれを敷衍した著者…
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国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その5

第5章 暇と退屈の哲学―そもそも退屈とは何か? いよいよ、この章で「退屈とは何か?」という本書の中核的な テーマが取り上げられる。 分析の対象となったのは、ドイツの哲学者マルティン・ハイデ ッガーの退屈論『形而上学の根本諸概念』である。 ハイデッガーは、“退屈"を取り上げる根拠について、次のように 述べている。 …
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国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その4

第4章暇と退屈の疎外論-贅沢とは何か? この章では、前章の末尾でみた「消費社会」の問題を、浪費と 消費の違いという観点から改めて捉え直され、消費社会におけ る現代の疎外の問題として提起されている。 著者は云う。「必要の限界を超えて支出が行われるとき、人は 贅沢であると感じる。」「浪費は必要を超えた支出であるから、 贅…
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国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その3

第2章 暇と退屈の系譜学―人間はいつから退屈しているか  では 西田正規の「人類史のなかの定住革命」を参考にして、暇と退屈の 起源を人類の数百万年続いた遊動生活が定住生活ヘ変わった時点と している。この時点は日本で云えば、縄文時代の始まる前の後石器 時代(今から1万年前)である。 毎日、昨日とは違う場所を歩いて食料や水を求…
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国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その2

この本の第1章は、暇と退屈の原理論と称して、3人のヨーロッパの 哲学者の退屈論が紹介され、著者の意見が述べられている。 最初に取り上げられたのは、かの「考える葦」で有名な17世紀フラ ンスの思想家ブレーズ・パスカルである。パスカルは、その著作「パ ンセ」の中で、この本(国分氏の)の暇と退屈についての考察の出発点 となる“気…
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国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その1

朝日出版社 2011.10.20初版発行 著者は高崎経済大学の哲学専攻の准教授 タイトルの“暇"と“退屈"というごくありふれた言葉と“倫理学"と いう堅い言葉の組合せに惹かれて手にした本であるが、読んで みると大変内容の濃い本であった。 辞書的な意味では、“暇"は「用事などのない余った時間」、又 “退屈"は…
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