国分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読む その1

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朝日出版社 2011.10.20初版発行
著者は高崎経済大学の哲学専攻の准教授

タイトルの“暇"と“退屈"というごくありふれた言葉と“倫理学"と
いう堅い言葉の組合せに惹かれて手にした本であるが、読んで
みると大変内容の濃い本であった。

辞書的な意味では、“暇"は「用事などのない余った時間」、又
“退屈"は「単調で(あきて)いやになること」「暇をもてあますこ
と」とある。どうやら暇と退屈は密接な関係があるようだ。

著者は云う。「資本主義の全面展開によって、少なくとも先進国の
人々は裕福になった。そして暇を得た。だが、暇を得た人々は、その
暇をどう使ってよいのか分らない。何が楽しいのか分らない。自分の
好きなことが何なのか分らない。」(P23)
「そこに資本主義がつけ込む。労働者の暇が搾取されている。
→なぜ暇は搾取されるのだろうか?→それは人が退屈することを嫌う
からである。→なぜ人は暇のなかで退屈してしまうのだろうか?
→そもそも退屈とは何か?」(P23)

ということで、著者は、「暇と退屈」について、人類史や経済
や生物学などの多様な観点から取り上げ、更にドイツの哲学者
ハイデッガーの退屈論を批判的に分析することによって、退屈とは
何かそして退屈とどう向きあっていくべきかという課題に迫っている。

確かに、今や人生80年の長寿の時代、リタイア後の20年程のあり
余る“暇"(時間)をどのように過ごすかは、大きな問題だ。更にリタ
イア前即ち現役時代の“仕事"そのものや“余暇"などをどうとらえか
という問題もある。

こんな風に考えてくると、「暇と退屈」の問題はまさに「人生いか
に生きるべきか」という問題そのものとも云える。

この本の巻頭に、スピノザの「エチカ」から次の言葉が掲げられて
いる。

「だからもろもろの物を利用してそれをできるかぎり楽しむことは
賢者にふさわしい。たしかに、味のよい食物および飲料をほどよく
とることによって、さらにまた、芳香、緑なす植物の快い美、装飾、
音楽、運動競技、演劇、そのほか他人を害することなしに各人の利用
しうるこの種の事柄によって、自らを爽快にし元気づけることは
賢者にふさわしいのである。」

著者はそうとは言っていないが、このスピノザの言葉が「暇と退屈の
倫理学」の結論であろうと思われる。しかし著者が最終章で述べている
ように、結論だけを見ても駄目で、結論に至る過程を十分咀嚼する
必要がある。

したがって、本書の前述した多様な視点、特にヨーロッパのいろいろ
な哲学者の退屈論や暇と退屈の人類史的起源、経済や社会からみた退屈
の問題、更には生物学からみられる生き物毎の異る「環世界」の違いなど
について、今日から何回かに分けて紹介してみたい。



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